東日本大震災のとき、
わたしは相場で大きな損失を出し、大半の資金を失った。
大半の資金の失った後、その残ったわずかな資金さえも相場に投入し、泥沼にハマってしまった。
それは、
手法が悪かったからでも、
判断が間違っていたからでもない。
「続けてはいけない状態で、相場に居続けた」
ただ、それだけだった。
この経験は、
後にうつ状態の中で相場と向き合ったとき、
まったく同じ形で思い出されることになる。
当時、わたしが信じていた前提
当時のトレード判断には、いくつかの思い込みがありました。
- 国家レベルの通貨が短期間で崩れるはずがない
- 相場はいずれ元の水準に戻る
- 異常な動きは「行き過ぎ」だ
今振り返ると、
すべて根拠の薄い期待でした。
相場は「正しさ」では動かないという現実
震災直後の相場は、理屈よりも恐怖と不安が支配していました。
大口投資家の意向が強く反映されたばかりか、市場参加者は「正しいかどうか」ではなく、
どう動きたいかで判断していたのだと思います。
(ちなみに、当時、大口投資家の動きが相場に与える影響を考慮することはまったくありませんでした。)
それにもかかわらず、
わたしは自分の考えが正しいと信じ続けていました。
資金管理よりも予測を優先していた問題
最大の問題は、
予測が外れた時の対応を決めていなかったことです。(具体的な注文の方針だけでなく、相場への向き合い方もです。)
- どこで間違いと認めるか
- どこで撤退するか
それを事前に決めず、
「そのうち戻る」という期待に委ねていました。
それでもFXをやめなかった理由
大きな損失の後、
FXから完全に距離を置く選択肢もありました。(実際、しばらくは放心状態でしたが……。)
それでもFXを続けたのは、
相場そのものを理解しきれていない、足りないものがある、その構造を解明したいという欲求を感じたからです。
勝つためではなく、
「なぜ負けたのか」を理解したい。
その気持ちが残りました。
この経験を通して、わたしは「手法」ではなく、
相場そのものの構造を見る必要があると考えるようになりました。
相場構造という考え方については、以下の記事で整理しています。
→ FXで負け続ける人が必ず見落としている「相場構造」という視点
いま守っている考え方
現在のわたしは、以下のことを強く意識しています。
- 相場は予測しない
- 想定と違えば、静かに撤退する
- 構造が見えない日は触らない
派手なことは何もありません。
負けないことを最優先にしています。
まとめ
相場は、
こちらの事情や正しさを考慮してはくれません。
大きな出来事があった時ほど、
「わからない」という前提に立つことが重要だと感じています。
「わからない」と感じたときは、
「やらない」という選択をする必要があります。
自分に嘘をついてはいけません。
いま、あなたは、やりたいですか、やりたくないですか?
「取り戻したい」という気持ちと
「やりたい」という気持ちは、はっきりと区別しなくてはなりません。
この経験が、同じような場面で無理な判断をしない
一つの参考になれば幸いです。
相場との距離の取り方は、人それぞれ違います。
ですが、無理をしない判断があることを、選択肢として残しておくことは大切だと感じています。
相場構造をどの時間軸で、どの順番で見ているのかを具体的に整理しているのはこの記事
・FXでわたしが毎日やっている相場の見方|時間軸と距離感の決め方


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