FXを始めた頃のわたしは、「どうすれば勝てるのか」
そればかりを考えていました。
勝っている人の手法を探し、ロットの張り方を真似し、時には商材を買い、チャートを長時間眺める日々。
ですが、ある時から、勝とうとすればするほど、判断が荒れていくという感覚を強く持つようになりました。
このブログでは、いわゆる「勝ち方」はほとんど書いていません。
それには、はっきりした理由があります。
勝とうとすると、判断はゆがむ
「勝ちたい」という気持ちは、トレードにおいて自然なものです。
ただ、その気持ちが強くなりすぎると、判断は少しずつゆがみ始めます。
- エントリーが早くなる
(エントリーをしなくてはいけないという気持ちに囚われる) - 見なくていい時間足を見始める
- 「今回は例外」という言い訳が増える
冷静に振り返れば、今ではすべてルール違反です。
しかし当時は、それが「工夫」や「応用」に見えてしまっていました。
勝ちを意識するほど、本来守るべき判断基準が崩れていく。
わたしは何度も、それを繰り返しました。
多くのFXブログが「勝ち」を前提にしている
世の中のFXブログの多くは、「どうすれば勝てるか」を軸に書かれています。
それ自体は悪いことではありません。
ですが、読んでいるうちに、こんな違和感を覚えるようになりました。
- その成績(手法)は、誰でも再現可能なのか
- 資金量や環境が違っても成立するのか
- 判断が崩れた時の話は、なぜ書かれないのか
成功している部分だけを切り取ると、読む側は「自分もできる」と錯覚しやすくなります。
次第に、その内容に誠実さを感じられなくなっていきました。
だから、このブログは「判断基準」を書く
このブログで書いているのは、勝つためのテクニックではありません。
- やらないと決める時期
- 増やさない判断
- ポジションを持たない時間
つまり、自分自身が壊れないための判断基準です。
相場は毎日あります。
でも、人間の判断力には限界があります。
その限界を越えないために、どう距離を取るか。
どうやって自分を守るか。
その整理として、以下のような記事を書いています。
まとめ
このブログは、「勝てる人」を増やしたいわけではありません。
相場で壊れない人が、静かに残るための記録です。
勝ちを目指す人を否定しません。
ただわたしは、勝ちを語るより、判断を残したかった。
一番大きな理由は、
わたし自身が壊れかけ、再起不能になりかけた経験があるからです。
同じような苦しみを、少しでも避けられる方法を伝えたかった。
これは、現在のわたしから過去のわたしへのメッセージでもあるのです。
それが、このブログの立ち位置です。


コメント